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■湯川さんはどうのように殺害されたのか
過激派組織「イスラム国」はアメリカ軍による空爆を受け始めた2014年8月以降、英米人の人質を次々と殺害してインターネット上に映像を公開してきた。日本の主要紙は殺害シーンを具体的に伝え、イスラム国の残忍性を浮き彫りにした。
最初に殺害されたのはアメリカ人ジャーナリストのジェームズ・フォーリー氏。映像が同年8月19日に公開されると、翌20日付夕刊で朝日は「黒ずくめの男がナイフで首を切った」、毎日は「黒服・覆面の男が(中略)ナイフで男性の首を切った」と説明している。
同年9月2日には別のアメリカ人ジャーナリストのスティーブン・ソトロフ氏が殺害された映像が公開された。これについて、翌3日付夕刊で読売は「ナイフで首を切断する手口」、産経は「斬首して殺害」と報じている。
日本人の人質についてはどう伝えているのだろうか。
1月24日夜になり、イスラム国によって湯川遥菜(はるな)さんが殺害されたとみられる映像が公開され、日本中にショックが広がった。主要各紙は翌25日付朝刊の1面トップニュースとして「殺害か」などと伝えるなか、湯川さんとみられる男性について次のように描写している。
〈 映像の中で男性は、横たわる湯川遥菜(はるな)さん(42)とされる男性の写真を手にし、「私は後藤健二です」などと英語で話す男性の声が流れた。 〉(読売)
〈 オレンジ色の服を着た後藤さんと見られる男性が、湯川さんとみられる人物がひざまずいている写真と、地面に体が横たわっている写真を持っている。 〉(朝日)
〈 映像では、後藤さんが、湯川さんのひざまずく姿などを写したとみられる2枚の画像を手にしているように見えるが、合成された可能性もある。 〉(毎日)
湯川さんとみられる男性がどのように殺害された可能性があるのか、これを読んだだけでは分からない。イスラム国の残忍性はよく知られており、どのような映像だったのか知りたい読者は多いと考えられる。そんな状況下で、朝毎読の3紙はあえてあいまいな表現を使ったわけだ。
■なぜ映像の内容について説明しないのか
斬首に特別な意味合いがあるとすればニュース価値は高い。イスラム政治思想の専門家で東京大学準教授の池内恵氏は、斬首による処刑場面を全世界に公開する手法について、1月20日発売の自著『イスラーム国の衝撃』(文春新書)の中でこう書いている。
〈 「狂信者が残酷な行為を行っている」と捉えるだけでは説明できない。背後の綿密な計算と演出に注目すべきである。 〉
残酷な映像をそのまま見せるわけにはいかないのは当然だ。ただ、どんな内容の映像なのか記事中でもまったく説明していないとなると、読者にしてみればいくつか疑問が湧いてくることだろう。
家族へ配慮してあいまいにしたのか。政府からの指示に従ったのか。それとも大したニュース価値はないと判断したのか。その場合、フォーリー氏やソトロフ氏についてはなぜ具体的に説明したのか。日本人と外国人で紙面上の扱いを区別しているのか。
全国紙の中で産経は違う対応を見せた。日本人と外国人で区別せず一貫している。1月25日付朝刊でこう書いている。
〈 画像は日本時間の24日午後11時すぎに投稿。後藤さんとみられる男性は、首を切断されたように見える別の男性の写真を掲げ、英語で「仲間のハルナ・ユカワがイスラム国の土地で殺された写真」と説明。 〉
ニュースサイト「J-CAST」も1月25日公開の記事で指摘しているように、単に「殺害」と表現することが多い日本メディアと違い、欧米メディアは「斬首」「首切断」などと踏み込んで報道している。
しかも記事中ではなく、見出しで言及するケースが目立つ(上記の産経記事は見出しでは言及なし)。湯川さんが殺害されたとみられる映像が公開された直後の主要紙から、いくつか見出しを選んでみた。
〈 イスラム国の日本人人質、首を切り落とされた遺体を示す映像 〉(米ニューヨーク・タイムズ紙)
〈 イスラム国は日本人人質の斬首を主張、残りの人質解放へ新たな要求 〉(米ワシントン・ポスト紙)
〈 イスラム国による斬首は明らかで、日本の指導者は言葉失う 〉(米ロサンゼルス・タイムズ紙)
〈 首切断で日本に怒り広がる、イスラム国は残る人質の殺害も予告 〉(英タイムズ紙)
イスラム国の残忍性を示す証拠として、欧米メディアは明らかに映像の内容にニュース価値を見いだしている。人質が母国人であろうと外国人であろうと、報道に際しては同じように対応している。
その意味で、朝毎読の3紙は二つの説明責任を負っている。第1に、なぜ映像の内容について説明しないのか。第2に、なぜ日本人と外国人を区別しているのか。英米人人質がどのように殺害されたのか以前の報道によって覚えている読者にしてみれば、素朴な疑問であるはずだ。
私が直接問い合わせてみたところ、毎日は広報部経由で「記事中で『ナイフで首を切り・・・』などと表記したこともあります。しかし、続報では、残酷な表現は避けています」「記事中の表現は、記事ごとに判断しています」と回答した。
朝日も広報部経由で「湯川さんの画像については解明されていない部分が非常に多く、現時点ではさまざまなことを断定的に書くことはできないと判断しています」「動画が出回ったフォーリー氏の件と今回の湯川さんの画像の件を比較して論じることはできないと思います」と説明した。
■映像の内容はニュースの中核部分である
説明責任を怠ったという点では、1月16日公開の当コラムで取り上げた「シャルリー・エブド襲撃事件」報道も同じだ。
1月7日、連続テロ事件で仏週刊新聞「シャルリー・エブド」のパリ本社が襲撃され、風刺漫画家らが殺害された。きっかけは、過去に同紙が表紙に使ったイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画とみられている。
ここで報道機関は難しい対応を迫られた。表現の自由を優先して風刺画を転載するのか、それともイスラム社会へ配慮して転載を見送るのか、高度な編集判断を下さなければならなくなったのだ。風刺画はニュース価値が高いだけに、転載見送りの場合は読者に対する説明責任が発生する。
しかし日本の全国紙は、事件から1週間近くにわたって風刺画転載を見送り続けるなか、読者に対してそろって何の説明もしないままだった。朝毎読の3紙が転載見送り理由を説明したのは、シャルリー・エブドが特別号を発行し、再びムハンマドの風刺画を表紙に使った1月14日以降になってからだ。
ムハンマド風刺画の場合、転載したメディアは「実物を見せて読者に判断材料を提供」と言い、転載を見送ったメディアは「記事中で内容について説明」と言った。人質殺害映像の場合、内容が残酷であるため、メディアには「実物を見せて読者に判断材料を提供」という選択肢はない。
となると必然的に「記事中で内容について説明」になる。それもやらないというのであれば、新たな説明責任が出てくるのではないか。以前は「記事中で内容について説明」を実行していたのに今回は不実行となれば、なおさらだ。
「映像の内容まで具体的に説明するのはやり過ぎ」という見方もあるだろう。しかし、映像の内容はニュースの中核部分である。ここをあいまいにするのであれば、報道機関としては突っ込んだ議論を社内で行い、議論の中身も読者に見せてはどうか。
著者:牧野 洋
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http://gendai.ismedia.jp/articles/-/41918