「業界最大手が円満M&A」の驚き
もらい事故のような「廃棄カツ問題」で一躍注目を集めてしまった「CoCo壱番屋」ですが、運営企業である壱番屋は株式公開買付によって、昨年12月にハウス食品グループの子会社になっていたことはご存じでしょうか。このM&Aのニュースはネット上において、驚きと納得の両方の声をもって迎えられました。
驚きの理由のひとつは、食品メーカーがある程度規模感のある外食企業を買収するという意外性です。食品・飲料メーカーが外食企業を傘下に持つこと自体が珍しいわけではありません。銀座ライオンを運営するサッポロライオンは名前の通りサッポロビールグループですし、コーヒーチェーンのタリーズは伊藤園の子会社です。ただし、それらのケースと比べると、ハウス食品の連結売上2314億円に対して、年商440億円の壱番屋は「意外と大きい買い物」に見えます。
また好調な業績を維持して我が道を行っているように見えた壱番屋が「身売り」をしたというのも、意外に感じた人が多かったようです。実際、同社は売上高経常利益率が10%を超えていて、外食企業としては非常に優秀な経営状態が続いています。急いでどこかの企業の傘の下に入る必然性は感じられません。これも驚きに繋がった大きな理由でしょう。
一方で、当初から「納得」の声も多く存在しました。そもそも壱番屋にはすでにハウス食品からの資本が入っていましたし、さらにスパイスなどの食材で両社には取引があったためです。それに加えて壱番屋からすれば、創業家が築き上げたビジネスモデルをベースにしながらも、組織のガバナンスの長期的な安定を求めたことも想像に難くありません。
© PRESIDENT なぜハウス食品は、「CoCo壱番屋」という大きな買い物を決断できたのか?
かたやハウス食品にとっては、今後海外展開をしていくうえで、「カレー体験」をしてもらうための装置として飲食店は最適です。まさに両社の思惑が合致したということなのでしょう。個人的には、「アジアを中心に海外でCoCo壱番屋が出店攻勢」→「日本式カレーのおいしさが評判となる」→「日本メーカーのカレールーが家庭に入り込む」という綺麗なストーリーが描かれることに期待したいと思います。
実は低い「カレーの壁」
ところで、日本国内におけるカレーショップの競争構造は独特です。リーダーであるCoCo壱番屋は1270店舗を展開しているのに対して、2番手と目されるゴーゴーカレーは70店舗弱にとどまっています(いずれも各社のウェブサイトの最新情報に基づく。以下も同様)。店舗数だけで見ると、実に20倍近い開きがあるわけです。
一方、牛丼業界を見てみましょう。トップのすき家は1972店、次いで吉野家の1191店、さらに松屋が960店舗と続き、「三つ巴」と言えるような環境になっています。ハンバーガーではマクドナルドとモスバーガー、ラーメンでは幸楽苑と日高屋のように、業界のリーダーに対してはチャレンジャーやフォロワーと呼ばれるようなある程度の事業規模を誇る2番手、3番手が存在することが一般的です。しかし、カレーについてはCoCo壱番屋の独壇場となっているのです。それはなぜでしょう?
まず前提として、「カレー専門店はビジネスとして展開するのが実は難しい」ということが考えられます。優れたカレールーやカレー粉があるおかげで、私たちは家庭でもおいしいカレーをつくることができます。また、ファミレスやカフェ、あるいは立ち食い蕎麦店や牛丼店であっても、それなりにおいしいカレーがすでに提供されています。つまり、わざわざカレー専門店に足を運んでもらうためには、実は高いハードルがあるのです。おいしくて手頃な価格の牛丼やラーメンというものが、専門店以外ではなかなか味わえないこととは対照的です。
「ココイチのライバル」が現れない理由
もちろん、いくらあちこちでカレーが食べられるとは言え、これだけの人気メニューゆえにやはり専門店で食べたいというニーズもそれなりにあるはずです。ただし、その際に求められているのはあくまでも「スタンダードなカレー」なのだと思います。皆さんがイメージする、あの茶色くて、適度な粘度で、ライスに良く合うカレーです。求められるカレーのイメージがかなり共通しているために、実はマーケットの中で必要とされている「席」はたった1つなのです。「奇をてらわない王道のカレーを、適正な価格で提供してくれる専門店」、これがCoCo壱番屋が押さえているポジションです。
ちなみに牛丼については商品の違いは各社でそこまでないように思われますが、マーケットの裾野の広さが3社を共存させているのではないでしょうか。さらに言えば、CoCo壱番屋が上手なのは、あくまでスタンダードな味をベースにしながらも、辛さやトッピングの幅を増やすことで、それぞれのお客に「自分にぴったり」と思わせることができている点です。
つまり、国内のカレーショップ業界では、CoCo壱番屋が「スタンダード+アレンジ」という価値で、マーケット内の広大なフィールドをごっそりと押さえている一方で、個性的で裾野の狭い(その分、お客のロイヤルティが極めて高い)個人店がそれ以外の領域を分け合うというように、完全に二極化した構造になっているのです。
スタンダードのマーケットを狙って、CoCo壱番屋とは違うタイプの味やスタイルで差異化を試みても、お客の求める価値からは離れてしまって支持をされない。逆にCoCo壱番屋とは違う領域で戦おうとするとニッチなフィールドに入らざるを得ず、それではビジネスとしての規模拡大が難しい。現在のカレーショップ業界は、後発のプレイヤーにとってはこのように非常に厳しい戦いを強いられる構造になっているのです。
もちろん攻略のチャンスがないわけではないでしょう。しかし、もしビジネスとしてカレーショップ業界でブレイクスルーを目指すならば、相当な知恵が求められるのは間違いありません。
子安大輔(こやす・だいすけ)●カゲン取締役、飲食コンサルタント。1976年生まれ、神奈川県出身。99年東京大学経済学部を卒業後、博報堂入社。食品や飲料、金融などのマーケティング戦略立案に携わる。2003年に飲食業界に転身し、中村悌二氏と共同でカゲンを設立。飲食店や商業施設のプロデュースやコンサルティングを中心に、食に関する企画業務を広く手がけている。著書に、『「お通し」はなぜ必ず出るのか』『ラー油とハイボール』。
株式会社カゲン http://www.kagen.biz/
http://president.jp/articles/-/17157