「新幹線が通る」などとだまし、山林などを不当な高値で買わせる原野商法=キーワード=が社会問題化したのは1970年代。買わされた土地を所有する当時の被害者らが今、「山林を高値で買い取る」などと持ちかけられ、またお金をだまし取られる「二次被害」が広がっている。国民生活センターなどには昨年度1千件を超える相談があり、「お金を払う前に家族や専門家に相談を」と注意を呼びかけている。
■処分焦る心理狙う
「土地を活用する予定はありますか。なければ、私たちに売らせて下さい」
東京都足立区の会社員男性(53)の母親(83)は昨年10月、横浜市内の不動産仲介業者を名乗る男から電話を受けた。
男性によると父親は1970年代はじめ、「首都移転の計画があり、地価が高騰する」と、うその説明にだまされ、栃木県那須町の原野(約170平方メートル)を350万円で買っていた。
父親の死後、土地の名義人になった母親は「ただ同然の土地が少しでもお金になるなら」と思い、業者に売買を依頼した。数日後に訪ねてきた男は、母親に何枚もの書類に署名、押印させた後、「この土地を売るには、我々がいったん預かる必要がある。代わりにうちの土地を預けるが、差額を払ってもらわないといけない」と、50万円を要求してきた。母親は手元にあった20万円を渡した。
母親は気づかないうちに、別の原野を購入させられていた。母親はほかの業者からも同じ手口で被害にあっていた。男性と母親は警察や消費者センターなどに相談。現在、同様の被害者とともに業者に損害賠償を求めて係争中だ。
「測量」を名目にした別の手口もある。
東京都大田区の会社員女性(54)は2年ほど前、認知症の母親(86)の介護をしながら財産の整理をしていたところ、亡くなった父親が栃木県日光市内に山林(約500平方メートル)を持っていたと知った。70年代に265万円で購入した土地で、父の死後、母親の名義になった。土地には管理費(年3万円)や固定資産税(同約4万円)がかかる。
母親の元には、不動産会社や測量会社から封書やはがきが何通も来ていた。女性は「870万円で土地を買い取る」とチラシでうたっていた業者に電話した。
都内の業者を訪ね、山林を売る契約を交わすと、「売買にはこちらの指定業者で測量する必要がある」と指示され、測量会社に43万円を払った。業者はさらに「整地のため300万円が必要」と言ってきた。不審に思って断ると、「土地を買うための融資が銀行からおりない」と一方的に契約を破棄された。結局、43万円をだまし取られた。
弁護士に相談したが、「訴訟には被害額と同じぐらいお金がかかる」と言われ、あきらめた。「母が元気なうちに処分したいと焦った。そこにつけ込まれてしまった」と女性は悔やむ。
北海道帯広市の横山睦夫さん(64)も、狙われた一人だ。70年代半ば、宅地分譲をうたう広告にだまされ、隣の音更町の原野(約670平方メートル)を不動産業者から120万円で買った。業者からのローンを資金に充てた。「当時は土地の値段が下がる日が来るなんて思いもしなかった」と振り返る。
以前、「土地を買い取る」という電話もかかってきたが、怪しいと思い相手にしなかった。ローンの完済後も業者の抵当権が抹消されず、その業者は行方不明に。子どもに残したくないと焦る気持ちはあるが、「当面はどうすることもできない」と話す。(吉田美智子)
■相談年1000件、高齢者多く
国民生活センターのまとめによると、原野商法の二次被害に関する相談件数は増加傾向で、2016年度は1076件あった。被害者の7割は70歳以上。センターは「子や孫の世代に『負の遺産』を残したくないという思いから引っかかってしまう」と分析。「業者はしつこく接触してくるが、セールストークをうのみにせず、まず家族や専門家に相談を」と呼びかけている。
業者側は、原野商法の被害者の名簿を共有したり、土地の登記簿から当時の被害者を割り出したりして、「狙い」を定めているとみられる。業者が摘発された例もあるが、表面化している被害は「氷山の一角」とみられる。
消費者問題に詳しい大迫恵美子弁護士は「2、3年ごとに会社名を変え、詐欺行為を繰り返す業者もいる。いったん被害者になれば、再び別の会社から狙われることも多い。『高値で売れる』などうまい話はまずない。おかしいと感じたら、すぐに専門家に相談してほしい」と話している。
◆キーワード
<原野商法> 「リゾート開発計画がある」「新幹線が通る」などとだまし、山林などを時価の数十倍から数百倍の価格で売りつける商法。1960年代からチラシなどで勧誘が行われ、70年代に社会問題化。各地で悪質な不動産会社が摘発されるなどした。被害の規模は分かっていない。
http://www.asahi.com/articles/DA3S13145176.html