知らないうちに訴えられ、いつの間にか敗訴していたーー。甲府市の40代男性は、ある事故について、2015年10月に損害保険会社から訴えられた。同年12月に50万円の支払いを命じる判決が出て、その後確定。しかし、男性が裁判のことを知ったのは、約1年後の2016年11月ごろ。給与などの差し押さえ命令が届いてからだったという。
なぜ、こんなことが起きたのか。共同通信によると、男性が引っ越して住所不明になっていたからだという。この裁判では、裁判所の掲示板に文書を掲示することで、法的に訴状を送ったことになる「公示送達」という方法が使われていた。
男性は裁判のやり直しを希望(再審請求)。東京地裁は、男性が経営する会社の登記を調べれば、転居先が分かったはずと判断し、今年11月15日付で、再度裁判を行う決定を出した。
「公示送達」の仕組みについて、宇田幸生弁護士に聞いた。
●制度上は、裁判所が原告の主張を吟味も…
ーー公示送達はいつでも認められるの?
被告に訴状が送れない場合、被告は裁判を起こされた事実や訴状に反論する機会すら与えられないことになってしまうので、裁判の審理自体が始まらないのが原則です。
しかし、被告が行方不明の場合など、通常の送達が不可能なケースも考えられます。このような場合にまで一律に裁判の審理が始まらない扱いとなってしまえば、原告が裁判を起こした意味がなくなってしまいます。
そこで、民事裁判では一定の要件を満たす場合には、「公示送達」を認めています(民事訴訟法111条)。その際、原則として、原告側は調査したにもかかわらず、被告の行方が不明で、送り先が分からなかったことなどを説明する資料を添付しなくてはなりません(民事訴訟法110条)。万が一、要件を満たさない場合には、公示送達の申立ては却下されることになります。
ーー被告が裁判所の掲示板を見るなんてことはありえる?
公示送達を実施する場合、原則として裁判所の掲示場に掲示してから2週間を経過することにより送達の効力が発生することになります(民事訴訟法112条)。
通常は被告の行方がわからない等の事情があるからこそ、公示送達をしている訳ですから、被告が掲示板を見に来る可能性はほぼないと言っても過言ではありません。しかし、被告が裁判を起こされた事実すら知らなかったとしても、裁判の審理自体は開始されることになるのです。
ーー被告が出廷しない場合、原告の言い分は全部認められるの?
通常の民事裁判では、被告が出廷しない場合、原告の主張を被告が全て認めた(自白した)とみなされます。そのため、いわゆる「欠席判決」によって原告勝訴の判決が下されるのが原則です(民事訴訟法159条1項)。
しかし、公示送達の場合には適用されません(民事訴訟法159条3項)。被告は訴状等の書類を実際には受け取っておらず、原告の主張に反論する機会すら与えられておらず、欠席判決で被告敗訴としてしまうのでは、余りにも過酷な結果となってしまうためです。
そこで、公示送達の場合は、通常通り裁判所が、証拠に基づいて原告の主張が認められるかどうかを審理判断することになります。ただ、実際には、裁判所としても原告の提出した書類や証拠が不合理である等、余程の事情がなければ、原告の言い分を認め、勝訴判決を下すケースが大半だと思われます。
公示送達の手続により、知らない間に審理が終了して確定してしまった判決に不服があった場合は、今回の男性のように、本来は公示送達の要件を満たしていなかったなどとして、裁判のやり直し(再審)を求めていくことになります。
●反論できないのを良いことに、「詐欺」などに使われることはないの?
ーー相手の居場所が分からないんじゃ、勝訴しても回収できないのでは?
裁判所の判決は、「強制的に被告の財産から取り立てをして良い」といういわば許可書でしかないため、差し押さえるべき財産を原告が自ら探し出す必要があります。しかし、原告には警察のような捜査権限がなく、十分な調査ができません。
まして、公示送達事案の場合には、被告の所在が不明であることが前提となっていますので、通常の場合以上に情報量が足りず、差し押えるべき財産を探し出すことに困難を伴うことが予測されます。
判決の内容を確実に実現するために、いかなる制度を取り入れるべきかは大きな課題です。現在、法務省において判決の調査権限の強化等を内容とする民事執行法改正の論議も進んでいるところです。
ーー原告の主張が通りやすく、回収も見込めるようになるのなら、悪用する人も出てくるのでは?
要件を満たしていないにもかかわらず、被告の所在が不明であるなどと裁判所を欺いて、公示送達の方式により裁判を進めてしまうというケースは、理論上は考えられます。
ただし、このような手法を用いた原告側は、偽造罪や詐欺罪等の刑事責任を問われる恐れがありますし、被告に対して民事上の損害賠償責任を負わされる可能性があります。このような行為は絶対に許されるものではありません。
万が一、公示送達制度が悪用されて、被告側の知らない間に判決が出されて確定してしまった場合、被告側は、裁判のやり直し(再審)を求めていくことになります(民事訴訟法338条1項5号)。公示送達の悪用事案に対しては毅然とした対応が必要と言えるでしょう。
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「擬制自白」※(民事訴訟法第159条)
民事訴訟において、被告が欠席した場合、原告勝訴の判決となります。これを擬制自白による「欠席判決」と言います。
裁判に出ないと、相手の言い分を認めたことになり、原告の主張する事実を自白したものとみなされます。不戦勝というわけです。
しかしながら、公示通達による場合は、証拠による立証が必要になります。
「公示通達」は基本的には被告が逃げて、住所を不定にした際の原告側の対抗手段であり、悪用はできません。
基本的に「無視する」という行為は法的には認められません。例えば内容証明についても、民法第97条第1項に基づき、受領を拒否したとしても到達とみなし、了知となり有効です。無視してもダメなようになっています。また、配達証明付きであれば「受け取っていない」ということも通用しませんので、ご理解ください。大切なのは、真摯に向き合うことでしょう。
民法第97条(隔地者に対する意思表示)
1 隔地者に対する意思表示は、その通知が相手方に到達した時からその効力を生ずる。
2 隔地者に対する意思表示は、表意者が通知を発した後に死亡し、又は行為能力を喪失したときであっても、そのためにその効力を妨げられない。
受領拒否では、意思表示は到達したと認定されています(東京地裁判決平成10年12月25日金融法務事情1560-41、東京地裁判決平成5年5月21日判例タイムズ859-195、大阪高裁判決昭和53年11月7日判例タイムズ375-90、大審院昭和11年2月14日判決・民集15-158)。
不在の場合は、受取り拒否と推測して意思表示は到達したと認定した判例(大阪高裁判決昭和53年11月7日判例タイムズ375-90、東京地裁判決昭和61年5月26日)があります。
※(自白の擬制)
- 第159条
- 当事者が口頭弁論において相手方の主張した事実を争うことを明らかにしない場合には、その事実を自白したものとみなす。ただし、弁論の全趣旨により、その事実を争ったものと認めるべきときは、この限りでない。
- 相手方の主張した事実を知らない旨の陳述をした者は、その事実を争ったものと推定する。
- 第1項の規定は、当事者が口頭弁論の期日に出頭しない場合について準用する。ただし、その当事者が公示送達による呼出しを受けたものであるときは、この限りでない。